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並木 泰淳

蛙鳴蟬噪、是れ仏声

 夏真っ盛りになりました。金龍寺にはセミの抜け殻がそこかしこに見ることができますが、鳴く声があまりしません。同じ敷地内に住む者として、勝手ではありますが心配してしまいます。

 表題の「蛙鳴蟬噪」は四字熟語として知られています。蛙や蝉がやかましく鳴くように、何も役に立たないこと。的外れな意見ばかりで内容の乏しい議論、無駄な表現ばかりの下手な文章を指して用いられます。一心不乱に鳴く声は確かに喧しく無用なものと捉えていますが、原典は少し違います。



熙寧4年(1071)年に蘇軾(蘇東坡とも。北宋の詩人。彼が好んだことから豚肉を煮込んだ料理を東坡肉と呼ばれる)は、杭州(現在の浙江省)の副知事を命ぜられ、赴任の途中に陳州(現在の河南省)に弟の蘇轍を訪ねます。陳州の渡し場に着いたときに詠んだ八首の五言絶句のうちの一つに、「蛙鳴蟬噪」の風景が詠まれています。


 蛙は鳴く、青草の泊

 蟬は噪(さわ)ぐ、垂楊(しだれやなぎ)の浦

 吾が行も亦た偶然

 此の新しい過雨に及ぶ

 (青草が生い茂る船着き場では蛙が鳴いている。

 しだれ柳が揺れる岸辺では蟬が噪いでいる。

 私のこの旅もまた偶然であるように、

 通り雨があがったばかりのところに辿り着いた。)


 暑い最中に苛立ったりして聴く蟬や蛙の鳴き声は騒がしいとしか感じないかもしれません。そこから「蛙鳴蟬噪」の四字熟語ができたのでしょう。

けれど、この詩を味わうと、蛙や蟬の鳴き声は無駄なものとはされていません。蘇軾は新任地赴任の途中に「弟に会いに行こう」と思い立ち、船着場で通り雨に遭いました。ひとときの涼やかさの中で聴いた蛙や蟬の声から生命の鮮やかさに気づいたのだと思います。それだからこそ、この禅語は「蛙鳴蟬噪、是れ仏声」となっているのです。

 この十年後に蘇軾は国政誹謗の罪を着せられて黄州(現在の湖北省)に左遷され、左遷先の土地を東坡(坡は土手・堤の意)と名付けて自らを東坡居士とした。此の頃より禅に参じ、廬山の山中で有名な以下の句を発します。


 渓声、便ち是れ広長舌

 山色、豈に清浄身に非ざらんや

 夜来、八万四千の偈

 他日、如何人に挙似せん

 (谷川の流れる音はお釈迦さまの説法そのものだ。

 山の景色は仏の清浄な身そのものだ。 

 朝から晩まで仏の説法が現前にある。

 この気づきの感動を誰に伝えようか。)


特別な仏教の奥義があると決め込んで、探しても見つかりません。坐禅を組みながら、見慣れた山中の風景や聞き飽きたと思っていた谷川の音こそ仏の姿であると気づいただと思います。蘇軾の「蛙鳴蟬噪」の詩は、この詩の前段階であったかもしれません。


暑い最中に蛙や蟬が一心不乱に生命を輝かせるように、鮮やかに人生を歩んでいきたいと思います。

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