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  • 並木 泰淳

無位の真人

臨済宗の宗祖 臨済義玄禅師は、

 赤肉団上に一無位の真人有りて、常に汝等諸人の面門より出入す。

 (各々の身体にはあらゆる範疇を超えた生命が躍動して、常に顔から出入りしている)

と喝破され、

 仏は己の中で生き生きと働いている

と、仏や悟りを外に探し求める修行僧に向かって説かれました。

金龍寺の所属する妙心寺派では易しく「わたしのなかの仏さま」という推進テーマとして学びを深めています。



 去年の十月の長女の運動会の日、家族皆が疲れていた夜のこと。

夕食が済んでも何か食べたいと生後七ヶ月の次女がせがむので、膝の上で野菜が練り込んである赤ちゃん用の煎餅を食べさせていました。ふと新しく買ってきた赤ちゃん用のウエハースを食べさせてみようと次女に渡すと、口に含んでふやかして粉まみれになりながら一生懸命に食べていました。そんな次女を愛おしく眺めていると、眠くなって粉だらけの手で顔を触り始め、顔が赤くなりました。四〜五分経つと大きな発疹ができ始め、尋常ではないと感じて、病院に連れて行こうと直感で思いました。今まで食べさせていた煎餅は米が原料でしたが、ウエハースは小麦粉でできていました。


 慌てて妻に状況を伝え、家族で救急外来に駆け込みました。このまま発作が続いたらどうしようか、藁にもすがるような気持ちで診察室の前で待っていました。次女を抱き締めながら「ごめんね、ごめんね」と話しかける妻も同じ気持ちだったと思います。ようやく診察室に呼ばれた頃には、顔の表面の凹凸がおさまりました。


 診察の結果は、疲れている状態で初めての食材を与えられたので、軽いショックを起こしたのではないかということでした。また元気な時に小麦粉の食材に挑戦してください、きっと大丈夫ですよとご助言いただき、おかげさまでありがとうございましたとお礼を述べて病院を出ました。


 外気に当たって緊張していた身体も心もほどけると、私が四歳のときに生後三ヶ月の弟が真夜中に意識不明になったことを思い出しました。両親は弟を抱いたまま寺の中を走り回り、父親は私を叩き起こして、救急隊のためにお寺の門を開けるように大声で言いました。一心不乱に真っ暗な境内を走って山門を開けると、門前の居酒屋からたくさんの酔っ払ったお客さんが出てきて怖くて走って逃げ帰ったことを思い出しました。

どうにかして、この子を守りたいという親心というものに突き動かされて、人生は順送りされていきます。



 十月に入って涼しくなった夜中の調剤薬局の長椅子で、運動会で疲れ果てて寝てしまった長女を抱えながら、自分の人生だけではなく大きな生命の流れの只中で生きていることを気付きました。



 生命誕生から三十五億年、一度も途切れることなく生命のバトンが引き継がれたとよく耳にしますが、その蔭には、自分はどうなっても良いからこの子だけは守りたいという誰にも教わらないのに誰もが具えている温かい心で生命がつながってきたことに今更ながらに気づきました。出自や学歴などで築いた自分という不安定な価値観の蔭で、躍動する「わたしのなかの仏さま」のおかげで、今も生かされ続けています。


 仏さまの心で支え合いながら生命を繋いでいるのだと思えば、とても心強く、困難な時代にあっても前を向いて生きていける気がいたします。





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