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  • 並木 泰淳

水を掬すれば月手に在り、花を弄すれば香衣に満つ

 この禅語は唐代の詩人于良史作『春山夜月』という題の五言律詩の承句です。


春山多勝事 賞翫夜忘帰 

<訓読>春山勝事(素晴らしい事)多し 賞翫(愛でること)して夜帰るを忘る

<意訳>春の山に入ると普段見ることができぬ素晴らしいものに多く出会い、いちいち愛でていると夜になっても帰宅することを忘れてしまう。

掬水月在手 弄花香満衣 

<訓読>水を掬すれば月手に在り、花を弄すれば(触れ、もてあそび楽しんでいると)香衣に満つ

<意訳>思わず水を掬うと掌に朧月が映り、咲き誇る花に触れてもてあそぶと香りが着物に充ち満ちる。

興来無遠近 欲去惜芳菲

<訓読>興来たらば遠近無く、芳菲(草花が美しく咲き匂っている)を惜しみ、去(ゆ)かんと欲す

<意訳>心が浮かれるままにあちらこちらに、草花が美しく咲き匂う様を愛でて何処までもいきたい。

南望鳴鐘処 楼台深翠微

<訓読>南に鳴鐘の処を望めば、楼台は翠微(薄緑色に見える山)に深し

<意訳>鐘の音が鳴る南方を望むと、鐘楼は芽吹いた草木に見え隠れしている。

 

 春になると、冬の寂しさを一変させるほどの色彩豊かな草花が一斉に芽吹きます。なんとも心地よい香りと景色に身を置くと、次第に自らのとらわれた考えや身勝手に妄想した社会秩序の束縛が解かれて、表面的な美しさだけでなく、景色を形成するいのちそのものを愛でることができる、草花と自他一如になることは如何に心地が良いものだろうかと于良史は詠います。しかし、美しい情景だけを連想しがちですが、束縛が解かれた澄んだ心を保てば、他のひとの喜びや悲しみも自らのものとして受け入れて、手を差し伸べる事ができます。ひとびとの迷いや悲しみを自らのものとして救い続ける観音菩薩や地蔵菩薩のようなひとを美しく詠ったようにも受け取る事もできます。

 


 都内の至る所で桜が満開を迎え、日に幾度も見とれてしまうほどの景色に出会います。

 ふと子供の頃から何処もこんなに見事だったかと思いました。何処の桜の木も私が子供だった頃よりも大きく成長しているからだろうと見当をつけました。

 いろいろ調べてみると、終戦後に都内の至る所で復興を願って桜の木が植えられたことがわかりました。時を経て、成熟した桜の樹々が咲き誇る姿を愛でることができたのです。

 例えば、上野恩賜公園は終戦後に不忍池の水を抜いて水田として用いて戦災者の食料事情を支えました。その後、上野鐘声会(現在の上野観光連盟、商店会などの有志)が復興を願い植えた1250本の桜が毎年咲き誇り、花見客を楽しませています。

 隅田川両岸(浅草と向島)の桜並木は八代将軍徳川吉宗公のはからいで植えられて多くに出店が並び、江戸の町民が花見に興じたところです。江戸時代に幾度か洪水などで壊滅的な被害を受けますが、「桜勧進」と呼ばれる寄付を地元有志が募り、その都度桜並木が復活しました。1923年の関東大震災の後に内務大臣後藤新平の主導により再び整備されますが、東京大空襲で再び隅田川両岸は戦火の只中になりました。作家の早乙女勝元氏は『炎のなかのリンゴの歌−東京大空襲・隅田川レクイエム−(小学館)』の中で、桜の樹々の様子を次のように記しています。



 墨堤一里、花のトンネルといわれた桜並木はいちめんの人工花。

 ほんとうはまもなく花見の季節なのに、芽という芽を焼きつくされた枝には、どれもこれも色とりどりのおびただしい布片がまとわりついて、風になびいている。あの夜、逃げていく人たちの身から、荷物から、強風に引きはがされ吹き飛ばされて、枝にからまったものにちがいなく、とうてい手の届かぬ高さにまでびらびらと北風にはためいているのは、一種異様な花盛りとでもいうべきでしょうか。



 終戦後、数え切れない人々の尽力により桜は復活し、再び花見を楽しむことができるようになりました。ソメイヨシノは江戸の染井村(現在の駒込付近)の植木職人の手で作り出されたと聞きますから、江戸や東京に生きる人々にとって特別な存在であり、災害や戦禍から立ち直るシンボルでもあったのかもしれません。

于良史のようになんとも心地よい春の暖かさと桜の満開の景色に身を置くと、次第に自らのとらわれた考えや身勝手に妄想した社会秩序の束縛が解かれて、表面的な美しさだけでなく、たくさんの人々の温かい心がこめられている桜であることに気付きました。臨済宗円覚寺派元管長 足立大進老大師のお言葉に、


花も美しい 月も美しい それに気づく心が美しい


とあります。

 美しい桜の裏に、温かな先人の恩(他のひとから与えられた恵みや慈しみ)を観じたとき、澄んだ心で「おかげさま」と感謝することができます。そして、自らも桜と同じように温かな先人の恩が宿ったいのちであること、于良史の詠う「春山の勝事」そのものであることに気付かされます。恩に報いるためにも、三寒四温や春の嵐にもめげずに咲き誇る桜のように、いのちを輝かせて前を向いて生きていきたいものです。

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